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札幌地方裁判所 平成4年(ワ)5008号 判決

原告

窪田喜春

右訴訟代理人弁護士

本田勇

被告

厚母勇

右訴訟代理人弁護士

冨田茂博

右補助参加人

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

江頭郁生

右訴訟代理人弁護士

高崎尚志

右訴訟復代理人弁護士

佐藤敏榮

主文

一  被告は、原告に対し、金五七万四九九七円及びこれに対する平成二年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求は棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二五四八万二三一四円及びこれに対する平成二年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の運転する普通乗用自動車(タクシー、以下「本件車両」という。)に乗客として乗っていた原告が、被告に対し、本件車両が急制動した結果、左耳付近を助手席にぶつけたとしたうえ、左耳小骨離断症等の傷害を負って左耳鳴及び両混合難聴の後遺障害が生じた旨主張し、自賠法三条に基づいて損害賠償を請求している事件である。

一  争いのない事実

1  本件事故

原告が、平成二年八月八日午後零時ころ、札幌市中央区北一条西二丁目二番地先路上において、被告の本件車両の後部座席に乗っていたところ、被告が本件車両を急制動させて停止した。

2  原告の本件事故後における入通院状況

耳鼻咽喉科麻生病院

通院 平成二年八月二三日から同年九月三〇日(実日数二日)

入院 同年一〇月二日から同年一二月三日(六三日間)

通院 同年一二月四日から平成三年八月三一日(実日数一〇四日)

3  責任原因

被告は、本件車両を自己のために運行の用に供する者であるから、本件事故によって原告に生じた人身損害につき賠償する責任がある。

二  争点

被告は、次のように述べ、原告の事故歴及び既往症等を考慮するならば、本件事故と原告主張の傷害との間には因果関係がない旨主張している。右被告の主張の当否が本件の争点である。

1  原告は、平成二年六月二九日、落下事故によって「左足関節捻挫・左足背挫傷・頸椎捻挫・左頸肩腕症候群」の傷害を負い、頸部神経根傷害・頸筋傷害を負っている。

2  原告は、平成二年七月二四日から、両耳中耳炎による聴力低下及び右鼓膜破裂のため、本件事故当時、耳鼻咽喉科麻生病院に通院中であった。

第三  争点に対する判断

一  本件後遺障害と本件事故との因果関係

1  原告の事故歴及び既往症等

前記第二の一1・2の事実及び証拠(甲一ないし二一、二三、二四、二六ないし二八、三四、三五、三八、四〇、四二ないし四五、六八、原告本人)によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる的確な証拠はない。

(一) 原告(昭和二三年五月二七日生)は、平成二年六月二九日、札幌市白石区所在の有限会社丸喜工業に土工として雇用され、右同日午前七時四〇分ころ、札幌市豊平区内の工事現場において、水道管(鋳鉄製、直径約一〇センチメートル、長さ約四メートル、重量約50.6キログラム)をトラックに積込む作業に従事していたところ、水道管上から足を滑らして約一メートル下に転落し、ヘルメットを着用していた頭部を打撲するなどして受傷した(以下「本件労災事故」という。)。

(二) 原告は、本件労災事故のため、事故当日の平成二年六月二九日から、札幌市北区所在の飯岡外科整形外科医院(以下「飯岡医院」という。)に通院し、主として左足部の治療をしたが、数日後、左側頸部痛及び左上肢の神経症状を強く訴えるなど症状が増悪したため、平成二年七月六日から平成二年九月一四日までの間、飯岡医院で入院治療(傷病名、左足関節捻挫・左足背挫傷・左第五趾挫傷・頸椎捻挫)を受けたところ、原告の頸部レントゲン写真の所見上、いずれも陳旧性の第四ないし六頸椎の変形症及び第五・六頸椎の椎間腔狭小が見られた。

(三) また、原告は、右入院の間、飯岡医院の飯岡智医師の指示により、平成二年七月一七日、札幌市東区所在の札幌麻生脳神経外科病院(以下「麻生脳神経外科」という。)で受診し、「外傷性頸椎神経障害・外傷性頸椎自律神経障害・頸椎捻挫・頭部打撲」と診断され、その際、左耳鳴りを訴えたので、同医院の太田穣医師の指示により、同年七月二四日及び同三〇日、同区所在の耳鼻咽喉科麻生病院において受診し、「左耳鳴・両慢性中耳炎・左滲出中耳炎」の傷病名で治療を受け、その際、左鼓膜切開術を施され、更に、同年九月一五日から平成三年五月一六日まで、飯岡医院に通院した結果、右同日、症状固定の診断を受け、その結果、原告は、「後頭頸項部の頑固な運動時痛・左頸項部から左肩胛部、及び左上肢橈側から左示指、中指にかけての痺れ及び知覚鈍麻・刺激性疼痛、左握力の低下・頸椎の末消神経障害による運動障害」の後遺障害を残し、右後遺障害は労災後遺障害等級一二級(局部に頑固な神経障害を残すもの)に該当するものと判断された。

(四) 他方、原告は、耳鼻咽喉科麻生病院において、本件事故当日である平成二年八月八日に受診した後、本件事故に遭い、その後、平成二年八月二三日及び同年九月一八日、耳鼻咽喉科麻生病院において、通院治療を受け、次いで、平成二年一〇月二日から同年一二月三日までの間、同病院において入院治療し、その間、一〇月三日には左中耳根本術を、同月一七日には左鼓室形成術をそれぞれ施され、遅くとも右手術の際に左耳小骨が離断していることが判明し、その後、平成二年一二月四日から平成三年八月三一日まで、通院治療を受け、右同日、同病院の院長大橋正實医師によって、「両混合性難聴・左耳鳴」との診断を受けている。

2  原告の聴力検査の結果の推移

証拠(甲二五の3ないし5.7.11、乙四)によれば、原告の聴力検査(六分法)の結果は概ね次のとおりである(単位はいずれもデシベル)。

平成二年七月二四日 右41.7 左54.2

同年七月三〇日   右41.6 左53.3

同年八月二三日   右45.0 左64.2

同年一〇月二日   右39.2 左66.6

同年一〇月一一日  右39.2 左56.7

同年一〇月一五日  右39.2 左58.3

同年一〇月二九日  右37.5 左62.5

同年一一月五日   右39.2 左57.5

同年一一月一四日  右39.2 左63.3

同年一一月二一日  右37.5 左62.5

同年一二月一八日  右36.7 左75.8

平成三年一月一一日 右38.3 左69.2

同年一月二四日   右40.8 左65.0

同年二月一九日   右40.0 左62.5

同年四月二二日   右37.5 左65.8

同年五月三一日   右43.3 左75.3

同年七月一八日   右37.5 左72.0

同年八月二八日   右40.8 左74.2

3  本件後遺障害と本件事故との因果関係

右認定の原告の治療経過及び症状の推移に鑑みれば、原告には、本件事故前から両耳中耳炎による聴力低下があったところ、まず、左耳の聴力についてみるに、本件事故前である平成二年七月二四日には54.2デシベル、同月三〇日には53.3デシベルであったものが、本件事故後である平成二年八月二三日には64.2デシベル、同年一〇月二日には66.6デシベルとなり、約一一ないし一三デシベル低下し、右翌日である同月三日に左中耳根本術をした結果、同月一一日には56.7デシベルとなって一時快方に向かったが、その後同月一七日に左鼓室形成術を経て、同月二九日からは、約六二デシベルから七五デシベルの間を上下するという経過をたどっており、右経過と、本件事故後、原告に左耳小骨離断があることが判明したこと、本件労災事故によってそれが発生したとの証拠はないこと及び「本件事故によって左耳付近を加害車両の助手席にぶつけた」旨の原告の供述を併せ考慮すれば、原告には、もともと聴力低下の既往症があったものの、本件事故によって左耳離断症が発生したと考えられ、少なくとも本件事故後の左耳の一時的な聴力低下と本件事故との間には因果関係があると推認できるというべきである。

もっとも、原告の左耳の聴力は、本件事故後幾度かの手術を経てもなお不安定な値を示しており、原告に両耳中耳炎の既往症があったことに照らすと、本件事故と因果関係の認められるのは本件事故後の一時的聴力低下のみであり、それを超えて全般的に因果関係を認めるに足りる証拠はないというべきである。

他方、原告の右耳の聴力についてみるに、その聴力の程度は本件事故の前後を通じ安定しており、本件事故態様に照らしても、本件事故との間に因果関係があるとは認めがたく、結局のところ、これを認めるに足りる証拠はない。

二  原告の損害

1  治療費 四三万七一九七円

(請求額 八七万四三九四円)

証拠(甲二、四、六、八、一〇の各1、一二ないし一四、一六ないし二〇)によれば、原告は、本件事故後、耳鼻咽喉科麻生病院において治療を受け、その治療費は計八七万四三九四円であるところ、前記認定事実に照らすと、右治療には本件交通事故によらない疾病についての治療が含まれていると考えられるので、その五割である四三万七一九七円をもって、本件交通事故と因果関係があるとするのが相当である。

2  入院雑費 三万七八〇〇円

(請求額 七万五六〇〇円)

前記認定によれば、原告は、本件事故後、耳鼻咽喉科麻生病院において、六三日間入院しており、一日当たり一二〇〇円として、計七万五六〇〇円の入院雑費を要すると考えられるところ、前記1と同様に、その五割である三万七八〇〇円をもって、本件交通事故との間に因果関係があるとするのが相当である。

3  休業損害 認められない。

(請求額 一一四万三二八八円)

前記認定のとおり、原告には、本件交通事故以前から、両混合難聴の既往症があり、本件事故後において左耳の聴力が一時的に増悪したことが認められるものの、その増悪の程度は、左耳障害として評価した場合、本件事故の前後を通じ、自賠責後遺障害等級の一四級の範囲内のものに過ぎず、かつ耳鳴りの増悪程度についても、直ちに労働能力の低下をもたらすものとまでは認めるに足りる証拠はなく、結局のところ、本件事故によって生じた休業損害を認めるに足りる的確な証拠はない。

4  逸失利益 認められない。

(請求額 一六七八万九〇三二円)

前記3と同様に、本件事故によって生じた逸失利益を認めるに足りる的確な証拠はない。

5  慰謝料 五〇万円

本件事故による傷害の部位・程度、その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するには五〇万円をもって相当とする。

6  なお、原告は、本件交通事故につき加害車両の自賠責保険会社から四〇万円の仮渡金を受領している旨述べており、原告が本件訴訟で請求しているのは右金員を控除した損害額であると解するのが相当である。

三  結論

以上によれば、被告は原告に対し、前記二1ないし5の計九七万四九九七円から同6の四〇万円を控除した五七万四九九七円及びこれに対する本件事故発生の日である平成二年八月八日から支払済みまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金を支払う義務がある。

したがって、原告の被告に対する本訴請求は、右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官見米正)

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